Date: Thu, 21 Dec 1995 01:06:21 +0900
From: Kaneko Shigeki
Subject: [climbing 1564] dynamics of falling

 金子@好山会です。

 昔、青色の登山技術本(「岩登りの確保技術」勤労者山岳連盟)にけちを付けたまま
放置していたのですが、ちょっと自分でやってみました。

 ボディービレイの話です。(6. 確保器につけた確保の有効性の検討)

 ここで、以前に幾つか気になる点を指摘しました。
 (1) 考察で行われている理論計算が、2つの点で誤っている。
 (2) 実験のデータとして、もっと有効な取り方がある。

 まず、(1)に関してです。
 どこに問題があるのか。
 (イ) エネルギーの比較を行なっているのが不適切
 (ロ) エネルギーの計算に誤解がある

 (イ)に関しては、墜落のエネルギーを小さくするために制動確保をしているのでは
ないという点を指摘しておきます。そうではなくて、かかる力を小さくするのが目的
です。内容の説明は省きますが、あらゆる制動確保が墜落距離を大きくすることから
理解できると思います。例えば、ダイナミックロープは、スタチックロープに比べて、
のびの分墜落距離を長くしますが、安全です。

 (ロ)に関しては、(イ)の理由から重要ではないのですが、計算方法が間違いです。
引かれる確保者がされる仕事は、垂直座標を y として、h まで浮くと、
        y=h
   W = S  T(y) dy 
        y=0
であり、張力 T(y) >> Mg であるので W >> Mgh です。したがって寄与はもっと大き
いです。これはつまり、確保者が、加速度運動をするからです。

 本当に計算するためには、実際に力学を解かなくてはなりません。

 * 重力を無視した計算 *
 まず、重力を無視した計算をします。(これは、以前の計算で、代表的な墜落の際の
張力が300 〜 700 dN であったことを考えると、重力は 1/7 くらいなので、無視す
る近似もそれほど悪くはないと思われます。)

 ロープは自然長を L のバネにします(面倒なので)
墜落者の質量を m 、確保者を M とします。重力を無視すると、ランニング支点で
折り返されているだけですので、以下の系と同じになります。

       M                 m
       ●================●
----------------------------------------
       X                 x

 mx" = -k (x-X-L)
 MX" = k (x-X-L)

 これを解いて、Tmax = v(0)/sqrt(k * (1/m + 1/M))となります。
v(0)は初速です。墜落して、ロープが張ったの瞬間の速度です。
また、直接アンカからビレイする場合は M → ∞ にすれば良いので、
Tmax-dir = v(0)/sqrt(k / m)

 たとえば、m = M のときには、 1/sqrt(2) (〜 0.7)くらい違います。というわけで
この計算では、3 割くらい力が小さくなる効果があります。

*** 重要なこと ***
 2 点あります。
(*)  計算は途中のカラビナ等の摩擦を無視しています。そのため、実際の効果はもっと
    小さくなります。全然力がかからなかったという人も居ます。
(**) 確保者は、ロープの張力により、加速度運動をして目前の岩壁にぶち当ります。
    このことは、勿論負傷をする可能性があります。

 以上の2 点があるために、すぐさま、効果があるとは言えません。特に(**)は、
ランニング支点が抜ける可能性との妥協点を調整することになります。支点が
しっかりしているフリークライミングでは、この危険性のほうが大きいでしょう。
実践的な経験を聞きたいと思っています。

(2) に関して。
 実験では、力を直接計っています。ロードセルというものがどんなものか解らないの
ですが、バネ仕掛のようなものでは、観測が無意味です。このために、力のかかり方
が変わってしまうからです。
 このような実験では、運動を直接観測するのが良いと思います。中学生やるように
ストロボスコープなどを利用して連続写真を取れば良いでしょう。少なくとも、落下
者はロープしか付いていないので、ロープの張力は、良い精度で観測できるはずです。
(重心が正確に解れば)

長々と書きましたが、御意見をお待ちしています。

---------- 付録 ----------
 * 重力を入れた計算 *
 これも解析的に解くことができるのですが、計算が繁雑なために途中で投げ出しま
した。

          |
    /¥    | l/2
   |  |   |             左図で、質量  の物体娃が、y = l  の点から落下する。
   |  |   |             確保者は、y = l-L の位置でロープを体に固定する。
   |  |   |             簡単のために、ロープをバネにする。
   |  |   |             張るまでは自由落下
   |  |   |             張ってからの運動方程式は、
   |  |   |             my" = -mg + k(l-L-y-Y)
   |  |   |             MY" = -Mg + k(l-L-y-Y)
   |  |   |             但し、k = バネ係数 * L (単位長さ当りのバネ係数)
   |  |   |-> 0
   |  |   |            
   |  |   |            
   |  ●  |Y           
   |   M  |            
   |      |            
  ● m    |y
                       
 
 これは、以下になる。
(i)  (my" - MY")/(m-M) = -g 
(ii) x" = - μ^2 (x - ε/μ^2)  x = y+Y, μ = k(1/m + 1/M), ε = μ^2(l-L) -2g

第二の式が、相対運動が単振動であることを示す。y(0)=0,Y(0)=l-L,y'(0)=-sqrt(2gl)
Y'(0)=0 から、解析的には解けている。解いて T を求めることができる。
 あるいは、(ii)の代りに、
1/2 x"^2 + μ^2/2 x^2 - εx = const. を使ってもできる。

 (暇な教養課程の学生さん、物理の演習でやってみませんか?)

  | Kaneko Fyodorovich Shigeki |

[Copyright (c) 1995 by Shigeki Kaneko]

作者(金子 惠季さん)からのメッセージ:
●間違い等、気がついた点がありましたら訂正していただけると幸いです。